7月7日投開票の東京都知事選挙は投票率60.62%、小池百合子知事の圧勝に終わりました。
今回の選挙で小池知事と共に注目されたのは、政党の支援を求めずに予想を超える追い上げを見せて2位に食い込んだ石丸伸二氏でした。
この記事では「小池vs石丸」を軸に都知事選結果を読み解くことで見えてくる、我が国選挙の課題を分かりやすく解説したいと思います。
- 【筆者/やまべみつぐ】について
- 【やまべみつぐ(山辺美嗣)】
通産官僚、国連(ジュネーブ)、独法(ニューヨーク)での勤務を経て、県議に。日本初の地産地消政策や、地方議員としてロシアとの直接交渉などを実現しました。その後、県議会議長に就任。保守三つ巴の熾烈な選挙戦を経験し、他の候補者の選対としても活動しました。現在、政治行政のコンサルタント。議員引退を機に、故郷の雪国から子や孫のいる関東に転居。孫5人。
10代20代30代が反応した選挙
(資料)東京都選挙管理委員会
若年層投票率は依然として低い
今回の東京都知事選挙では、若者の関心が大きく反映されたと言われますが、投票率は実際どうだったのでしょうか。東京都選挙管理員会はまだ今回の年代別投票率を公表していませんので、上に示した図表で過去3回の都知事選での若年層の投票動向を見ていきましょう。
平成26年(2012) | 平成28年(2016) | 令和2年(2020) | 令和6年(2024) | |
全体投票率(A)% | 46.14 | 59.73 | 55.00 | 60.62 |
21~24歳投票率(B)% | 25.70 | 34.84 | 39.19 | 不明 |
全体と若年層との乖離(A)ー(B)% | 20.44 | 24.89 | 15.81 | 不明 |
©MiraiProject2024
図表では18歳、19歳の投票率が投票年齢引き下げから間もないため推移としては不安定ですが、若年層で最も投票率が低いのは21~24歳であり、最も高いのは18歳でした。そこで、全体投票率から21~24歳投票率を引いた乖離幅を求めると、20%程度も低いことが分かります。
今回、若年層の投票がどの程度盛り上がったか現時点では不明ですが、過去において20%程度低かった傾向が一気に解消されたと想像することは困難です。
依然として若年層の投票率は低く、選挙制度には改善の余地があると考えられます。例えば、選挙公報は紙媒体のみで提供されており、ネット投票が未実現であることなどです。
石丸氏の票が伸びた原因
各マスコミの出口調査では石丸氏の票は、10代20代30代の若年層が中心だったと報道しています。
新聞を読まない、TVを見ない世代の情報受発信であるSNSをフルに駆使して若年層に訴えた、その手法の力は絶大だったと言えます。
政府はこれまで、若者の選挙離れを止めて投票率を上げようと毎年のように言ってきましたが、本当に対策を打ってきたのでしょうか。去ること24年前、森首相は総選挙遊説中に「選挙に関心のない有権者は寝ていて欲しい」と言って国民の反感を買い与党は大敗しました。この発言は首相の失言と言うよりは、与党の本音だと言われています。つまり与党が勝利を確実にするには浮動票が動かず組織票だけで勝負できれば安全なのです。これは労働組合票に依存する野党も同様の意識であると言われていますので、いわば国会の全体としての本音なのではないでしょうか。
選挙制度が難解なままに放置されてきたのも、若年層を選挙から遠ざけるために作為的に仕組んできたのではとさえ言われています。まさに寝た子を起こさないようにしてきたとしか思えないのです。
そんな中で、候補者が分かりやすい言葉で若年層にぐっと近寄ってきたのですから、歓迎されたことは言うまでもありません。
ネット世代が参加した選挙
今回の都知事選では多くの候補者がネットを駆使しました。
その結果、ネット世代の参加が選挙結果に大きな影響を与えました。
ネット選挙の状況
先ず石丸陣営ですが、ネット世代の閉塞感や苛立ちが石丸候補への支持につながり、SNSを通じて候補者のみならず支持者も活発な選挙活動を行いました。
例えば、石丸陣営のネット選対には全国から5000人のネットボランティアが登録し、選挙運動のライブ配信や選挙ビラの手配りはボランティアが担いました。また、オンライン個人献金は2億円に達したといわれています。
こうしたネットボランティアの増加が、「有権者でないネット民が有権者に影響を及ぼしていく」というこれまでは想定もしていなかった大波を起こしたのです。
そして、ネット拡散に参加する人たちは達成感を味わって、熱狂ともいえる状況を作りだしました。
小池陣営は公務を優先し、報道される公務の映像そのものを選挙運動に活用しました。また、AIゆりこを登場させAIを今後行政に活用していく試金石との位置づけで注目を集めたのです。その結果、無党派層からは石丸候補と同等の票を得たと報道されています。
また、第4位の安野陣営は自らがAIエンジニアであり、AIが候補者の公約について24時間回答するシステムを作って注目され、15万票を獲得しました。
第6位のひまそら陣営は、自らのアニメ作家としての知名度を生かしてネット世代の支持を集め、11万票を獲得したのです。
今回の都知事選でネット選挙の重要性が明確になり、今後の選挙においてネット活用が増すと予想されます。
ネット選挙の制度上の問題点
2013(平成25)年4月19日「インターネット選挙運動解禁に係る法の一部を改正する法律」が議員立法により成立し、26日に交付、5月26日には施行されました。インターネットが国内に普及しだしてから20年も経過して、ようやく法整備がなされたのです。
振り返れば、旧郵政省より日本におけるインターネットの商用利用が許可されたのは1993年のことです。翌年以降、次々と個人向けプロバイダーが誕生し、1995年にはWindows95が発売されたことで、ウェブ閲覧や電子メール利用が家庭でも本格的に行われるようになってきました。
現在のネット選挙のルールは以下に示すように常識とのズレが大きいので注意が必要です。こんなに規制事項が多いのは世界中で日本だけだと言われています。
1.有権者が電子メールを使って選挙運動をすることはできない。
2.発信者は、連絡先や氏名・名称を表示しなければならない。
3.有料インターネット広告は原則禁止される。
4.HPや電子メール等を印刷して頒布することは禁止される。
5.候補者に関し虚偽の事項を公開することは違法である。
6.氏名等を偽って通信をすることは違法である。
7.悪質な誹謗中傷行為をすることは違法である。
8.候補者等のウェブサイトを改ざんすることは違法である。
詳しくは次の記事が参考になります。
[adcode] 江東区長選挙の違反事件は、インターネットでの「有料広告」が話題になっています。 この記事では、「インターネット選挙運動」の全般について、公職選挙法(以下「法」と略します)が改正されてきた経緯[…]
組織票の力の差が出た選挙
小池候補と蓮舫候補とで勝敗が大きく分かれた原因の一つは、組織票の力の差にあったと今回の選挙では言われています。
[adcode] 選挙になると「組織票」という言葉を聞くことがあります。 残念ながら、地方議員にはこの「組織票」は期待できません。 ただ選挙規模が国会議員以上である東京都知事の場合は、2024年の選挙でこの「組織表」が動い[…]
小池陣営の組織票は強かった
小池陣営は、以前から関係の深い自民党都連、公明党東京都本部が支援に入りました。連合東京とも改めて関係を結び、連合票は小池候補に最も多く流れたと言われます。
例えば、小池候補は自民党都連が300の政治団体から1000人を集めた集会で、自民党の国会議員を排除した中で参加者に選挙応援を頼んだと報道されています。
こうした組織対策に加えて、小池候補は女性人気の高さを十分活かすとともに、候補者討論会を巧みな選挙戦術で回避し、学歴問題や神宮の森問題を焦点にさせずに安定した勝利を収めました。
蓮舫陣営は組織票について判断ミス
蓮舫陣営は、立憲民主党と共産党の支援を受けたことで連合東京からの支援が弱くなり、組織票を十分に集められませんでした。連合を構成する労働組合の中には共産党との距離が遠いものもあるためです。また、本来母体である立憲民主党を離党して無所属で立ったことから、立憲民主党からの票もまとまらなかったと言われています。結果的に共産党の色がかなり濃くなりました。
この結果から分かるように、組織票の力が依然として強力であり重視すべきだったのに、蓮舫陣営は明らかに判断ミスをしたと言われています。
石丸陣営は組織票の放棄を武器にする戦術
石丸陣営は初めから、政党や組織票に頼ることを放棄して既存政治勢力をぶっ壊すと宣言し、かつて自民党をぶっ壊すと宣言して選挙に勝利した小泉現象を再現したともいえるでしょう。したがって、小池陣営や蓮舫陣営の組織票のような固い票の切り崩しを狙う必要もなく、自らの陣営に参加してくるネットボランティアを増やしていくことに専念して、わが道を進んだと考えられています。
【選挙の課題】まとめ
- 東京都知事選挙は、若者の投票行動やネット選挙の重要性、そして組織票の力を再確認させる結果となりました。
- 選挙制度の改革が求められる中、若者の政治参加を促進するための対策が急務です。これからの日本を担う、若者の声が反映される政治を作ることが重要な課題となるでしょう。
- 政治への関心や参画意欲はまだまだ引き出せる。選挙制度改革が大事です。
- 禁止事項が多すぎるネット選挙規制の見直しが必要です。
- 選挙公報が紙媒体のみで提供されており、ネット投票が未実現であるなど、若者が選挙に触れる機会が少ないことが問題です。
- 政党や政治団体の在り方について議論を深め、政治資金や組織票に関するルールなどの選挙制度全体についても考え方を整理する必要があるでしょう。