地方議会議員の最大の役割は「政策の立案と決定」です。
その際、住民の考えや希望を理解して、それを予算や条例として審議し決定することが議会に求められます。
一方、首長や行政の職員は、議決された予算や条例をその目的とする効果が発揮されるように実行するのが役割です。
ただし首長もやはり住民から選ばれているため、予算や条例を提案する権限がありますが、審議と決定は議会の役割です。
さてこのように、住民の意思を決定する議会にとって「政策」は重要なものですが、最近は海外ビジネスが深くかかわるようになってきました。
とりわけビッグビジネスが国境を越えて入ってくるITについては、地方議会として政策的にどう対応するのかが問われることになります。
このブログ記事では、TickTokとDeepSeekを取り上げ、地方議会議員が政策判断を求められている観点を明らかにします。
- 【筆者/やまべみつぐ】について
- 【やまべみつぐ(山辺美嗣)】
通産官僚、国連(ジュネーブ)、独法(ニューヨーク)での勤務を経て、県議に。日本初の地産地消政策や、地方議員としてロシアとの直接交渉などを実現しました。その後、県議会議長に就任。保守三つ巴の熾烈な選挙戦を経験し、他の候補者の選対としても活動しました。現在、政治行政のコンサルタント。議員引退を機に、故郷の雪国から子や孫のいる関東に転居。孫5人。
TickTokが規制の対象として政策的に注目される訳
政治や社会に対するSNSの影響が問題視されることが多くなりましたが、動画配信サービスのTikTokについても各国で規制の動きがあります。
中国で誕生したインターネット・サービス。株式の時価総額10億ドルを超す新興の「ユニコーン」企業の一つであり2012年に創立されたバイトダンス(ByteDance)が、2018年頃から運用を始めた動画投稿サイトです。「TikTok」は、若い世代を中心に世界中で人気を博し、同アプリのユーザーは10億人以上といわれるように爆発的に増えました。
ではなぜ、人気のSNSが規制の対象になるのでしょうか。
中毒性への懸念
フロー理論(極度な集中状態を心理学的に理論化した学説)を用いた研究によれば、TikTokの特徴により反復行動を促され集中状態が高まって没頭するユーザーは、依存性と中毒性が高まると考えられています。
・簡単なユーザーインターフェース(直感的で素早く簡単)
・深い没入感(通常60秒以内の短い動画)
・パーソナルな使用感(お勧めコンテンツ)
・容易な自己表現(誰でも作れる簡単で魅力的なコンテンツ)
・連帯感(特に社会的に疎外されたユーザー間のコミュニティ)
・グローバル性(国境や言語を超越)
新型コロナのパンデミックにより、隔離や孤立といった環境変化がTikTokのユーザー数の増加に影響したという研究もあります。
TikTokの弊害への懸念は2018年の登場から次第に広がりをみせています。
2024年10月米国の13州の司法当局は、TikTokが意図的に若者の使用依存を強化する設計になっているとバイトダンスを提訴しました。
実際、TikTokと中毒性についての研究は多数あります。
TikTokの不適切なビジネス展開
日本では2022年、TikTokが不適切な宣伝(ステルス・マーケティング)を繰り返していたことが判明して問題視され、TikTokを運営するバイトダンスの日本法人は、同社サイトで謝罪しました。
広告業界ではステルス・マーケティングを禁止していますが、バイトダンスの日本法人は、Xのインフルエンサーに報酬を支払い、指定した動画をあたかも一般からの投稿のように紹介させていました。
これはTikTokを、マーケティングツールとして商業利用する動きが活発化し始めたことが背景にあります。TikTokのコンテンツ再生はループ型と呼ばれ、過去コンテンツでも繰り返しお勧めに出てくる仕様になっています。「いいね」やコメント、シェア数、視聴維持率などを操作して再生回数を稼ぐことができるため、広告ツールとなるのです。
政治や選挙への影響
TikTokは、登録時にユーザーが許諾すれば「位置情報や友人の連絡先、ネットの閲覧や検索履歴など」を収集できるような仕様になっています。
トランプ政権の2020年にTikTokの規制に動き始め、バイデン政権の2023年、連邦政府が所有する端末でのTikTok利用禁止法案が採択されました。
米国以外でも先進諸国で規制が進んでいます。2023年には、EUの欧州委員会やイギリス、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド、オランダ、ノルウェー、ベルギー、デンマークなどの各国政府も職員や公用端末でのTikTokの使用を禁止しています。なお、フランスはInstagrmなども含めすべてのリクレーションアプリを公用端末と個人端末で使用することを政府職員に禁止しています。
TikTokを運営するバイトダンスが米国人記者の個人データを取得し、監視していた疑いがあるとし、米国FBI(連邦捜査局)などが捜査を始めたとのForbesの報道もありますが、バイトダンスはその報道内容を否定しています。
2024年8月米国司法省は、TikTokの米国運営会社であり親会社の中国バイトダンスが、13歳未満のユーザーの個人データを違法に取得したとして、カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所に提訴しました。連邦政府は、インターネット上の子供のプライバシー保護のため、児童オンラインプライバシー保護法(COPPA)を制定し、ウェブサイト運営者が13歳未満の児童の個人情報を親の適切な同意なしに故意に収集、使用、開示することを原則禁じています。
2024年3月には米下院でTikTok禁止法が採択され、これについて2024年12月に連邦控訴裁判所が、また2025年1月には連邦最高裁判所が合憲と判断したことで、この法律は成立をみました。
一方TikTok禁止法が定める2025年1月19日の起限までに、バイトダンスがTikTokの米事業を売却しなかったことで、米国でのTikTok利用禁止がいったん発効しました。トランプ大統領は、就任初日の1月20日売却期限を75日間延長する大統領令に署名しましたが、バイトダンスは引き続きTikTok米事業の売却を拒否して事態は混迷が続いています。
米国での情報漏洩の懸念に対応して、埼玉県は2020年7月にTikTokの公式アカウントを利用停止にしました。また、横浜市、神戸市や大阪府なども続いて8月に公式アカウントの停止措置を採っています。
また、各国でTikTokが選挙の不正に使われるという疑念も生じてきています。
2024年11月に行われた大統領選挙では、極右候補者の支援キャンペーンにTikTokのインフルエンサーを利用し、投票行動に影響をおよぼしたことが疑われ、選挙が無効になりました。
このようにTikTokが政治的なコミュニケーションのツールとして活用される事例は増えてきており、アフリカのジンバブエで2023年に行われた総選挙では、TikTokがそのエンターテインメント性を政治的なメッセージと組み合わせて利用されたと言われています。
2024年には日本でも、兵庫県知事選挙を始めいくつかの選挙でTikTokを含むソーシャルメディアの影響が問題視されました。2025年には地方議会でも議論が本格化しそうです。
DeepSeek について規制の議論が始まった訳
中国の新興企業DeepSeek(ディープシーク)の生成AI(人工知能)に対し、世界で警戒が強まっています。
ディープシークは、中国・浙江省の杭州に拠点を置くAIのスタートアップであり、2023年に設立されてオープンソースの大規模言語モデル開発を行っています。ディープシークを立ち上げた梁文鋒(Liang Wenfeng )氏は1985年生まれで、中国の浙江大学で電気通信工学を学んだ後、2015年にヘッジファンド「ハイフライヤー」を設立し、その資産をディープシークの開発に使用したといいます。
知的財産保護上の疑問
ディープシークが注目されている最大の理由は、これまでにないコストの低さです。2025年1月20日にディープシークは「R1」を発表しましたが、これはChatGPTの最新モデル「o1」に匹敵する性能を持ちながら、利用料金が10分の1以下に大幅に抑えられており、世界の関係者は驚愕したのです。
ディープシークの機械学習にOpenAIのデータが利用された可能性があるという考えを示しています。
OpenAIは「私たちは、ディープシークが私たちのモデルを不適切に『蒸留』した可能性を認識しており、調査しています」とコメントしています。
大規模な事前トレーニング済みの「教師モデル」が持つ知識を、より小規模な「生徒モデル」に転送させる機械学習方法です。
中国政府介入の懸念
ディープシークのAIモデルは、生成・発信する内容に不正確さが目立つほか、利用者の個人情報が中国の政府などに渡るリスクが指摘されています。
まず正確性については、米国の情報サイト格付け機関「ニュースガード」は2025年1月29日、ディープシークの回答は正答率が17%だったとの検証結果を発表し、ニュースなどに関する質問に対し、誤った主張が30%、曖昧か役に立たない主張が53%で計83%に上ったと指摘しています。米オープンAIの「チャットGPT」やグーグルの「ジェミニ」など米欧の生成AIとの比較では、全11モデルの中で最下位だったと評価しました。
また、ニュースガードは「中国政府の立場を伝える回答も多く、中国の代弁者」だと指摘しています。
2025年1月31日の衆院予算委員会で小野寺五典氏は、ディープシークは沖縄県・尖閣諸島について入力すると「歴史的及び国際法上、中国固有の領土」と表示されたと明かし、「人々の考え方を支配してしまう。すでに認知戦が始まっている」と強調しました。また塩崎彰久氏の質問に石破首相は、「偽情報が瞬時に 伝播する危険性の最小化をどう図るか、法整備は喫緊の課題だ」と答えています。
中国政府は2023年に施行した規制で「国の分裂を招き、国家の統一を損なう」内容の発信を禁じています。この規制は中国企業が国外向けに提供するサービスには適用されないとしていますが、ディープシークの尖閣に関する表示はこの規制に沿って生成された可能性があると専門家は指摘しています。
自社の指針で、利用者の情報を中国国内のサーバーに保管し、政府の要請に基づき提供すると規定しています。
DeepSeekに対して米国以外の各国の反応はどうでしょうか。
2025年1月30日、ディープシークが適切に情報処理しているか調査を始めると発表しました。ディープシーク社からは「イタリアでは事業を行っておらず、欧州の法律は適用されない」と返答がありましたが、対応が不十分として国内でのデータ処理を即座に制限するよう命じています。
両国の当局も、データ処理に関する情報提供をディープシーク社に書面で要請する方針です。
2025年1月31日、公的機関や重要インフラ機関を対象にディープシークの利用を制限すると発表しました。
日本の法律は、TikTokやDeepSeekの問題に対応しているのか
経済安全保障推進法が2022年5月11日に成立、同18日に公布されました。
この法律は日本の個別の経済安全保障上のテーマに対応するため、激化する米中対立や新型コロナウイルス感染症を発端とする供給途絶といった背景の下、国家と国民の安全を経済面から確保することを目的として制定されたものです。そして、経済安全保障推進法そのものには具体的な規制は記述されず、「基本法」であることが特徴です。
①特定重要物資の安定的な供給の確保「サプライチェーン強靭化」
②特定社会基盤役務の安定的な提供の確保「基幹インフラのサイバーセキュリティ強化」
③特定重要技術の開発支援「官民技術協力」
④特許出願の非公開
基幹インフラのサイバーセキュリティー強化の状況
4つの制度の内、今回のTikTokやDeepSeekの問題にかかわるのは、②「基幹インフラのサイバーセキュリティー強化」です。
整備の進展はどんな具合でしょうか。
2023年8月1日に推進法の施行令を改正する政令が閣議決定されました。電気、ガス、石油、水道、鉄道、貨物自動車運送、外航貨物、航空、空港、電気通信、放送、郵便、金融、クレジットカードの計14業種が指定され、2024年改正で「港湾運送」が追加指定されています。
基幹インフラ「事業」の指定以降、主務省令によって各基幹インフラ「事業者」の具体的な指定基準や対象となる特定重要設備が公表され始めています。
政府の事前審査にあたっては、対象設備の供給者が国外の主体から「強い影響」を受けているか、対象設備に関するリスク評価・対策を講じているか等の観点から「特定妨害行為」のリスクの程度が判定される予定です。
つまり、この法律ではインターネットからTikTokを排除できない可能性があります。
この法律において、台湾のようにDeepSeekを「公的機関や重要インフラ機関を対象に利用を制限する」のかどうかも不明です。
TikTokやDeepSeekが、これらの事業者から排除されるのかどうかは、事前審査により行われるため現在はまだ不明です。
政府や地方自治体は、自らの決定により行政組織内でのTikTokやDeepSeekの使用を制限できる
TikTokについては埼玉県、横浜市、神戸市や大阪府などが、行政での使用を禁止していることは先に記述しました。国やその他の自治体で、この議論はされているのでしょうか。
米国での裁判は進行中ですが、その状況は公開されるので明らかにされた事実を確認したうえで、各自治体と議会は自らの判断で対応を決定する必要があります。
DeepSeekについては、国会の質疑のなかで石破首相が法整備について言及しているので、政府の動向に注意をはらい地方自治体と地方議会も自らの対処を決めていく必要があります。
国民を悪影響から守るには
民間のTikTokを規制して中毒性などの弊害を排除すること、またDeepSeekを規制して情報漏洩を防ぐことには、この法律は何ら措置するものではありません。
新法や新条例を制定しない限り、一般国民の使用を制限することは出来ないのです。
政府と国会は早急にこの議論を進めるべきでしょうが、国に任せきりになるのではなく地方自治体と地方議会も同じく責任をもって議論を進めていただきたいと考えます。