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被選挙権に住所要件が課される地方議員|当選無効はこうして回避する

地方議員選挙に当選したけれど、居住実態が無いとされて当選無効になった。そんな事件報道を目にしたり、身の回りで実際に事件があった方もいるのではないかと思います。

まして苦労して当選した候補者にとっては、こうした事件は一大事です。これから選挙に臨む方が当選無効を回避する方策を探ります。

住所要件で当選無効となった事例を調べてみましょう

住所要件とは何ですか?

地方議会議員選挙(以下、地方議員選挙と略す)には「住所要件」が課せられると言いますが、具体的に何を指し示すのでしょうか。

東京都板橋区のHPが大変分かりやすい表を掲載しているので、例として以下に抜粋を記載します。

選挙ごとの選挙権、被選挙権の要件

選挙の種類 選挙権(投票の権利) 被選挙権(立候補の権利)
都議会議員選挙
  • 年齢が満18歳以上の日本国民であること。
  • 引き続き3か月以上、同じ都内の区市町村に住んでいること。また、その後他区市町村に住所を移した場合は引き続き都内に住んでいること。
  • 年齢が満25歳以上の日本国民であること。
  • 東京都議会議員選挙の選挙権を有していること。
板橋区議会議員選挙

 

 

  • 年齢が満18歳以上の日本国民であること。
  • 引き続き3か月以上、板橋区に住んでいること。
  • 年齢が満25歳以上の日本国民であること。
  • 板橋区議会議員選挙の選挙権を有していること。

(出所)東京都板橋区HP

この例が示すように、地方議員(都議会議員と区議会議員)の被選挙権(立候補する権利)は、「選挙権を有していること」です。そして、選挙権(投票する権利)には、「3か月以上住んでいること」と言う住所要件がありますので、結果として被選挙権には住所要件があることになります。

都議会と区議会で住所要件の書き方が異なります。都議会の場合は、都内のどこかの市区町村に3か月以上住んでいたのであれば、選挙の日に都内の別の住所であっても選挙権があります。区議会の場合は、その区内に限定して3か月以上住んでいなければなりません。

このことを法律としては、公職選挙法第9条に選挙権として記載しています。

つまり、都道府県議会議員に立候補するには、都道府県内の「どこかの市区町村に3か月以上住んでいた実績があり、その後転居した場合でも同じ都道府県内に住んでいれば」、都道府県内の「どの選挙区からも立候補できる」ことになっています。

一方、市区町村議員に立候補するには、「その市区町村に3か月以上住んでいれば、その市区町村で立候補できる」ことになっています。

 

 

3か月の根拠は何ですか?

選挙権を持っていても、実際に投票するためには、市区町村の選挙管理委員会が管理する名簿に登録されていなければなりません。この名簿のことを選挙人名簿といいます。選挙人名簿は、すべての選挙に共通して使われます。

選挙人名簿に登録されるのは、その市区町村に住所を持つ年齢満18歳以上の日本国民で、その住民票がつくられた日(他の市区町村からの転入者は転入届をした日)から引き続き3力月以上、その市区町村の住民基本台帳に記録されている人です。(※)

選挙人名簿への登録は、毎年3月、6月、9月、12月(登録月)の原則1日に定期的に行われるとともに(定時登録)、選挙が行われる場合にも行われます(選挙時登録)。

選挙権は実務上「選挙人名簿」で管理しているので、選挙人名簿に登録されるための要件である「3か月以上住んでいること」を選挙権の要件として、公職選挙法が定めている。
(※)平成28年1月の法改正により、上記以外の場合にも旧住所地において選挙人名簿への登録がされることとなりました(平成28年6月19日施行)。右の+をクリックすると詳細が読めます。
○旧住所地における住民票の登録期間が3箇月以上である17歳の人が転出後4箇月以内に、新住所地において18歳となったが、新住所地における住民票登録期間が3箇月未満である場合。
○旧住所地における住民票の登録期間が3箇月以上である18歳以上の人が選挙人名簿に登録される前に転出をしてから4箇月以内で、かつ新住所地における住民票の登録期間が3箇月未満である場合。

近年多発している住所要件の違反事例

私がネット検索で、住所要件違反により当選無効となった近年の事例をざっと調べたものを一覧にしました。すべてを丁寧に調べていませんので、実際にはもっと多いと考えられます。

住所要件による当選無効の事例

当選無効事例の選挙期日と選挙名 当選無効の決定期日と決定機関
2015年4月 横浜市議会議員選挙 2015年9月 神奈川県選管
2018年9月 兵庫県猪名川町議会議員選挙 2019年12月 最高裁
2019年4月 新宿区議会議員選挙 2019年9月 新宿区選管
2019年5月 足立区議会議員選挙 2020年7月 最高裁
2021年1月 戸田市議会議員選挙(スーパークレイジー君) 2022年3月 最高裁 
2022年12月 青森県大鰐町議会議員選挙 2013年3月 大鰐町選管
2023年4月 茨城県竜ヶ崎市議会議員選挙 2024年2月 東京高裁
2023年4月 埼玉県議会議員選挙南1区(草加市) 2023年11月 東京高裁
2023年8月 柏市議会議員選挙 2024年3月 千葉県選管

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スーパークレイジー君の当選無効はなぜか

いろんな選挙に立候補して注目を集めたスーパークレイジー君(本名西本誠氏)は先に表の5番に示したように、戸田市議会議員選挙で当選が発表された後、市民から当選の効力に関する審査の申し立てがあり、最終的に最高裁で当選無効が確定しました。(なお現在は、その後に宮崎県で起こした性的暴行事件により服役中です。)

この間に、市選管は当選無効と採決し、県選管、東京高裁、最高裁もこれを支持する採決や判決を示しました。

市選管が戸田市での居住実態がないと判断した根拠は次のとおりです。

  1. 本人が住民票を移した先の賃貸アパートが他人名義のままだったこと
  2. 郵便物の多くが本人に届かなかったこと
  3. アパート周辺の住民5人に聞き取りをした結果、誰も本人を見ていないこと
  4. 本人の居住実績を証明する領収書などの提出も不十分だったこと
  5. 旧住所の電気などの契約名義を変えておらず、本人の妻子も旧住所で暮らしていたこと

また、東京高裁では、次の点からも戸田市での居住実態が無かったと判断しました。

  1. 戸田市内の銀行でATMを使用したと説明したのにもかかわらずその事実がなかったこと
  2. 市内の居住地で食事を電子レンジで温めたと話したのに、電子レンジがあったかどうか覚えていないと語ったこと

これらは、選管や裁判所がどのように居住実態を判断するのかを示していますので、候補者は立候補に先立ち自身について問題ないか点検することが重要です。

被選挙権の住所要件について、法律の根拠は何でしょう?

地方自治法第19条と民法第22条

地方自治法第19条 普通地方公共団体の議会の議員の選挙権を有する者で年齢満25年以上のものは、別に法律の定めるところにより、普通地方公共団体の議会の議員の被選挙権を有する。

2 日本国民で年齢満30年以上のものは、別に法律の定めるところにより、都道府県知事の被選挙権を有する。

3 日本国民で年齢満25年以上のものは、別に法律の定めるところにより、市町村長の被選挙権を有する。

ここで明らかなことは、「議員になるには選挙権が必要」であること。一方「首長になるには選挙権は無用」であることです。

先に説明したように、「選挙権」について回るのが「3か月要件」であるため、「議員になるためにはその選挙区に3か月以上居住していなければならない(=住所要件)」となり、「首長になるためには住所要件が無用」なのです。

また住所要件の「住所」とは、通例として民法第22条の定義に従いますので、選管は「生活の本拠」の実態を問題とします。

民法第22条 各人の生活の本拠をその者の住所とする。

住所要件が地方議員だけにあることについて、 総務省の見解は不可解

選挙を所管する総務省が、次のように述べているとの記事がありました。

総務省選挙課の担当者は住所要件について、
「地方自治体は地縁的な社会。その点を考慮し、議員選はそうした決まりができた。首長選は広く人材を得るために設けていない」
と説明する。
「広く人材を集めるというなら議員も同じなのに、知事や市長など首長候補には住所要件が求められないのもバランスを欠く」と、行政法を専門とする神山智美富山大学教授は疑問を呈しています。

旧い制度がそのままにされているのでは?

旧い制度を代弁している例を挙げます。

地方自治総合研究所の代表研究員を務め行政学の泰斗であった阿利莫二法政大学教授(故人)は、1985年に次のように書いています。

地方自治体の議会の議員と首長の被選挙権については、選挙権を有することを基礎としながらも、その性格の相違に照応して、異なる要件が定められることも許される。被選挙権は、継続して一定の知識や経験を要する職務に従事できるだけの能力も要求されるので、その差異の範囲内で要件がそれだけ厳格に定められることも許されよう。

つまり、要約するとこう言っているのです。

地方議員と首長とでは求められる能力が違うので、知識や経験が必要な首長は地元民でなくてもよい。
この考えは、「都道府県知事は知識経験のある国の役人がなる」という戦前の官選知事制度の考え方そのものです。
また総務省選挙課の担当者の発言もこの考えに基づいていることが分かります。

住所要件に関する各種の手続等に、候補者は注意しよう

住民票は住所要件の証拠になるのか?

結論から言うと、立候補届に住民票は必要ですが、住民票だけでは住所要件について十分ではありません。

地方議員の場合、被選挙権には選挙権が必要です。そして選挙権は、選挙人名簿によって管理されており、選挙人名簿には、住民基本台帳により3か月以上の居住が確認されると登録されます。住民基本台帳は、氏名、生年月日、性別、住所などが記載された住民票を編成したものです。このように、地方議員の被選挙権は住民票に帰着します。
選挙権があることを示すには住民票が必要です。しかし住民票は「生活の本拠」を証明するものではないので、住民票だけでは「住所要件」の証拠として十分ではないのです。

立候補届に際しての宣誓書に、住所要件が追加されました

以上のように問題の多い「住所要件」ですが、廃止されるどころか厳格化の方向に改正が進み、罰則が規定されていることに注意しましょう。

2020年6月3日、公職選挙法の一部改正が行われ、地方議員立候補時の宣誓書に「住所要件を満たす」ことが追加された。
2020年9月10日以降に告示される選挙より、宣誓が虚偽の場合には5年間の公民権停止となる。

これまで地方議員選挙の立候補届出の際に添えなければならない宣誓書においては、「犯罪などにより被選挙権を有しない」「重複立候補者ではない」のみを宣誓することになっていました。今回の改正で宣誓内容に「当該選挙の期日において住所要件を満たす者であると見込まれること」が追加され、虚偽の宣誓を行った者は虚偽宣誓罪(30万円以下の罰金)の適用対象となるほか、刑が確定した場合5年間は公民権が停止されます。

大事件です。この施行日以降に住所要件違反が確定した候補者は、当選無効だけでなく公民権停止という厳罰が課されることになったのです。

選挙管理委員会の審査にあわてない

選挙管理員会は、選挙区内の住民から「当選の効力に関する異議の申出」があった場合には、審理のうえ決定を下します。これに不服の場合には上位の都道府県の選管に、申出人あるいは当事者(当選者または落選者)のいずれもが「当選の効力に関する審査の申し立て」ができます。

選管の審理や審査には、申出人あるいは申立人のほか当事者も参考人として参加し、意見陳述や証言をすることができます。さらに、都道府県選管の採決に不服の場合には、高等裁判所に提訴し、更に最高裁判所に上告することもできます。

住所要件に瑕疵は無いと信じるときは、これだけの審理、審査と裁判の機会があるので、あわてないことが大切です。

実例ではどんなに長くても1年余りの間に最終決着がついています。個人の名誉にかかわることであり、弁護士をつけて対処していくことをお勧めします。

選管審査や裁判マターになっても、当選を勝ち取った例はたくさんあります

私がネット検索で調べた範囲ですが、次のような当選確定の事例があります。

選挙管理委員会決定や採決、あるいは裁判所判決による当選確定事例

選挙日と選挙名 選挙管理委員会 / 裁判所
平成7年4月23日 東京都東村山市議会議員選挙 最高裁
令和3年2月21日 奈良県吉野町議会議員選挙 奈良県選管
令和3年9月26日 神奈川県真鶴町議会議員選挙 真鶴町選管
令和4年10月16日 兵庫県川西市議会議員選挙 兵庫県選管
令和 5 年 4 月 23 日 広島県三木市議会議員選挙 広島県選管
令和 5 年 4 月 23 日 兵庫県三木市議会議員選挙 三木市選管

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当選無効を回避するためのポイント

以上、詳細にわたり住所要件に対応する方策を書いてきましたが、以下にポイントをまとめます。

住民票の移動は早めに行う  立候補を考えている場合は、住民票を3か月以上前に移すことが重要です。
生活の本拠を示す証拠を準備する  住民票だけでは住所要件の証明として不十分です。実際の居住実態を示すために、郵便物の受取記録や公共料金の支払い履歴なども準備しておくとよいでしょう。
選挙人名簿の確認   住所要件が満たされているかを確認するためには、選挙人名簿に自分が登録されているかを確認することが重要です。
あわてず対処する  住所要件に関して問題が発生した場合でも、選挙管理委員会や裁判での審理が行われるため、適切に対処することが大切です。弁護士を交えて対応し、必要な証拠を準備することで、当選を守ることが可能です。

そして、

当選後には住所要件の廃止に取り組む  住所要件は廃止すべきものです。全国の地方議員が協力して地方自治法第19条を改正し「国会議員や首長と同じルール」が適用されるよう運動を展開しましょう。住所要件の問題は、権利の平等の問題なのです。
>本ブログ3つの特色

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【①地方議員向けに特化した情報】
既存の議員関連情報(マスコミ報道や選挙マニュアル等)は国会議員を想定したものが中心です。地方議員の実情に合った情報をお探しの方におすすめです。

【②議員当事者ならではのノウハウや実情が豊富】
連続6回当選の元県議会議長が、勝ち抜いてきたノウハウを公開しています。保守三つ巴の熾烈な選挙戦や、他の候補者の選対として培ったノウハウもご紹介します。

【③ 地方議員と支援者への応援情報】
官僚・国連勤務・県議経験者の筆者が、地方議員からは見えにくい「国会議員と地方議員の違い」「他国と日本の違い」をふまえて解説しています。選挙法規等は議員目線で読み解いています。議員活動を支えた妻も、人材育成業の経験を活かし、わかりやすい情報を目指して執筆に加わっています。